#時代の流れ・波に乗る & ヘアカット

先週の11月3日(金)の
#盛和塾 シカゴの勉強会では、
いつもとはやや趣向を変え、
(稲盛塾長CD視聴の後)
在シカゴ某塾生企業経営者の、
喫緊の具体的課題に付き相談要請があり、
その対応や解決策について
情報・アイデア等、意見交換する機会がありました。
ごく最近まで
考えもしていなかった危機、
思いもよらぬ事態…。
売り上げの80‐90%を占めていた
主要顧客のビジネスを失う。
予測できない(できなかった)原因で、
自社自分の過失やコントロールの外にある原因で
いきなり急にそんなことが起きた時、
一体
どうしたらいいのか…?
どういう考え方をすべきか…?
どんな具体的な方策で切り抜けることができるか…?
等々…。
ブランド力のある、伝統のある会社であればある程、
組織の規模が大きければ大きい程、
或いは又、
これまで長年の成功、活躍・社会貢献してきた会社であればある程、
昨今の、
現在進行形で起きている
急速な、しかも
とても大きなスケールで
起きている時代の変化に
直ちに対応したり
付いて行くのが
困難なのかもしれません。
例えば…、
先日来、立て続けに起きている
東芝、ニッサン、神戸製鋼等、
有名大手の不正問題。
果たして、
管理システムや各担当者の
「コンプライアンス」意識の低下、
とか
特定の個人や一部門の
「道徳問題」
として片づけられて良いものか…?
確かに…
ますます強まる競争社会の中で、
あまりにも速い速度で、
より高品質を求めるユーザーの声  や
より低コストを要求する顧客  に
各企業に
物理的にも
精神的にも
時間的にも
ゆとりが失われていった結果…、
「これくらいは…」 とか
「今回だけは…」 が
積み重なり、年を経て
「これまで問題なかったから…」
「みんなやってるから…」
に拡がっていき、
顧客の要求水準に付いて行けなくなった、
時代の流れや進展する高レベルに付いて行けなくなった。
「そこまでしなくても…」
「これくらいはいいよね」、と
感覚が麻痺して行ったことでしょう。
ですが…、
根本原因は、
それよりもむしろ、
「時代の流れ」
を読み間違えた、か、
軽く見ていた。
或いは…、
自社の体質や実力が
「今の」レベルでは
「今を」求める顧客の満足に対し、
能力的に、
実力不足で
対応困難、不可能
になってしまっているからではないか?
そうしたくてもできない体質構造
そうしたくてもできない技術レベル
になっているからではないか…?
廻りでは
画期的な新技術が既に生まれているのに
或いは
生まれようとしているのを知っていたのに、
「まだ、今の製品や技術が使えるはず、売れている」、とか
「まだ、注文もらっている、ビジネスとして成り立っているから…」
「まだ 大丈夫…」
「まだ、まだ、まだ、…」
と言う落とし穴にはまってしまっている(いた)のかも知れません。
もしかして、
危険や不安から目をそらしてしまいたい衝動にかられ続け、
思考停止状態になっている(いた)のかもしれません。
只、
どの様な業界、産業に於いても、
人間の成長過程と同じで、
一時は、
どのように素晴らしい技術・製品・サービスだったとしても、
生まれてから成長し成熟しやがて衰退します。
即ち、
導入期 成長期 成熟期 衰退期
が存在します。
過去の歴史をみても
これは必然です。
それはあたかも、
この宇宙は
何一つ長くその場に留まることを許さず、
結果、
静止しているものは何も無く
進歩・発展するように創られている…
のようです。
言わば、
進歩・発展しないものは
人であっても
組織であっても
引退・リタイヤするようになっているという訳です。
私達全ての生命体が有限であるように、
ビジネスの世界であっても、
業種・業界に拘わらず、
何も無かった状態からある仕事が生まれ、
徐々にその市場が拡大し、
栄え頂点を極めたら
その後、
停滞した後、衰退する。
「栄枯盛衰」
決して繁栄は続かない。
永遠には続かない。
その時は、
このまま、ずっと続くように思えたとしても、
時間とともに
自らが変化し姿を変えて成長しない限り
やがて終わりが来る。
これは
原則であり全ての業界に当てはまります。
長く反映を維持できる組織とは
「強い」から
「大きい」から
では決してなく、
その時代
その瞬間に
要求される価値や満足を
提案し「続ける」ことができるか、
が大切。
その為に、如何に
「しなやかに」
「柔軟に」
その組織を変え続けていく事ができるか、
ということになるのだと思います。
会社の寿命、
企業が繁栄を謳歌できる期間は
以前は
「30年」
それが、
「グローバル化」
「ネットワーク化」 により
「10年」
となり、更に
情報化の進展などで
適者生存の競争は一段と激しくなり、
「5年」
そんな時代になると言われています。
まして、日本は
今後加速度的に人口減少が進む中、
日本企業の得意(?)で
誇らしい質と規模の
「日本国内市場」…。
その全体の縮小が避けられません。
日本の国自体が
「成熟期 から 衰退期」
に移行しつつある、
或いは既に
衰退期に入っている
のかもしれません。
「これをそのまま放置し続けていれば…?」
これまでのような「成長期」
であれば、
供給事業者が増えても
全体のパイが増加しているので、
「それ相応の」
「人並みの」
努力
しさえすれば
皆が同じように繁栄、存続し続けることができた…。
ところが「成熟期」に入ると
限られたパイの奪い合いが始まります。
従って、
「消費者と市場に任せる」と…、
より良い製品、
より良いサービス、
を提供できたところ、
或いは
価格競争に打ち勝った者だけが残ります。
生き残り競争の結果、
いわゆる 「自然淘汰」
が行われる訳です。
競争に負けた企業は
その商品・サービスの取扱いをやめ
その市場、或いは業界から退出していきます。
勝った企業だけがその業界で存在し続けることになります。
従って、
自由環境であればある程、
「成熟期の段階」
で競争に決着がつきます。
その結果、勝者は
より強くなり、
もの凄く強くなり、
世界を目指すまでに強くなる。
ところが、
日本の場合…、
それが上手くいってない業界が多いようです。
「道徳的に善か・悪か」
「心情的に賛同できる・できない」
或いは、
「適正な(?)競争維持}
の観点・課題もあり
そのようになっていません。
…弱者保護の為、
国 (又は地方) が介入して来ます。
「規制をかける」
「補助金を出す」
等の
「延命措置」
を施します。
その結果、
縮小しつつある限られた市場の中で、
大小様々な企業が、限られたお客さんを
奪い合いながら
みんなが生き残るという構図となります。
弱者保護の為とは言え、
自由環境が損なわれ、
本来、競争に負けたので退出する必要のある組織・企業までもが
現状に
しがみつく。
又、
しがみつけます。
その仕事、サービス、を
「現状維持しながら」 しがみつく。
そこそこの売り上げを維持し
存続してはいても全てが弱いままの存続…。
その結果…、
本来、さらに強くなって良いはずの日本一位企業までもが
不十分。  弱い…。
即ち、
全世界でみるとまだまだ小粒。
「そんなに強くない」
全世界では通用しない、
という事が起きてしまいます。
従って、二択です。
(1) 国が介入せず自由競争に任せ、
オンリーワン、或いは 圧倒的な規模を持つ競争に打ち勝った
一部企業のみ存続。
世界で勝負できる、
より一段階上の強者へと進化。
従って、
中小零細は
如何にオンリーワンとしての自分を磨き極め、
自己価値を高め、
より大きな経済市場に向けその価値提供を図るか。
(2) 国が規制で守り、大多数を生き残り存続させる。
只、その大多数は弱者のまま、市場縮小の中にありつつ
一方では世界では戦えず、
更にグローバル化やネットワーク化の荒波の中、
結局、業界全体としては衰退し、
時代とともにやがて沈没に向かう。
典型的な例が今や…、
農業、金融、車…、
そして  タクシー業界、
なのかもしれません。
例えば、
タクシー業界の場合…、
日本の総人口が減っていく中で、
業界従事者は
以前の 40 万人が、
今では 30 万人です。
警察庁はタクシー業界の人手不足を懸念し、
第2種免許取得の要件を緩める
検討をしているそうです。
が、
これは「時代の流れ」に逆行していそうです。
「時代の流れ」…
【過去・現在】:
お客さんが路上でタクシーを捕まえて、
タクシー運転手がタクシー運転をしている
【現在進行形】:
お客さんがスマートフォンのアプリ上でタクシーを呼んで、
タクシー運転手がタクシーで迎えに行く
【近未来】:
お客さんがスマートフォンのアプリ上でタクシーを呼んで、
人が運転しない自動運転車が迎えに行く
事実、
技術革新の「波に乗る」と言う意味では、
中国やフィリピン、マレーシアなど東南アジア諸国よりも
日本がかなり遅れているそうです。
理由は、
日本のタクシー業界には、タクシー会社を守るための規制があり、
海外で開発された
民間企業のスマートフォンアプリがなかなか普及していないからです。
一般的に…、
それが何であっても、
人であっても、
組織であっても、
「守られていては決して強くはならない」
ただ、
全体が緩やかに衰退するだけ。
今現在、
タクシー配車世界最大手のウーバーは、日本参入を果たしたけど
全然普及していません。
そんな中でも、
中国の滴滴(ディディ)は、来年2018年の春に日本市場への参入
を検討しているそうです。
実際に米国でウーバーを多用している
私、お客側からみると、
これら配車サービスは、とても利便性の高いサービスです。
自宅であっても、会社であっても、路上でもどこからでも、
気軽に配車サービスを受けられます。
必ずしもタクシーではなく、
一般の普通車に
迎えに来てもらったり、
相乗り
を選択して、
より安い料金を選ぶこともできます。
更に、満足できるところは、
その料金が、通常のタクシーよりも安価  な上、
降車時にタクシー運転手とお釣りの授受等、
現金を直接やり取りする必要もありません。
スマートフォンに登録されているクレジットカードから
自動でタクシー料金が決済されるからです。
同一国内ですらそうなのですから、
海外旅行した時は、「尚更…」ですよね。
近未来には、
車業界の大きな変革期とも相まって
人が運転しない自動運転車が迎えに来るようになる、
というのが容易にイメージできます。
(国や地方の規制が無ければ…。)
時代の流れにも呼応し、
タクシー運転手どころか、
タクシー事業者も
更には
業界自体が消滅する…、
「可能性…?」
「自動車は人間が運転するものではない」
と今とは真逆の時代の到来も
イメージしておいても良いかもしれません。
道徳的に
「善か悪か」
又、
「好き嫌い」
の問題でもない。
使われていない「余っている」車があり、
そこに
移動したい人がいて、
それを
ウーバー や ディディ 等が
つなぐ。
テクノロジーが繋ぐ。
しかも
時代の要請に応えながら
柔軟にゴムひもの様に自在につないでいく…。
国や地方は、この流れを
どのように理解し、対応しようとしているのでしょうか?
単に
何とか業界を再興させようとする、
運転手を増やそうとする…。
のでしょうか?
願わくば、
そのエネルギーを
時代の流れに
逆らったり
時代の流れを
変えたり
しようと消費するのではなく、
流れ、波に乗る…。
素直に乗る…。
しかしながら、そのためには、
新しい知識・技能を身に付けるための学びが、
少なくともリタイヤするまで必要ではないでしょうか。
(生涯学習が必要なのかも知れません。)
車は、
ガソリンエンジン車から、
より地球環境に優しい、
より人に優しい安全安心の車 へ、
お金は、
「価値の交換 と 価値の保存ツール」 として
銀行から、
各個人のデジタル金庫や財布(スマホ?) へ、
「こうあったらいいな」
をそれぞれ各個人が
描きながら、
夢見ながら、
一つ一つ実現して行く社会を楽しみながら、
時代の流れに乗る。
時代の波に乗る。
それは
大きな波で
かなり早い流れ、
かもしれませんが…。
前向きに、
肯定的に
考えていきたい。
それが、
少なくとも現役としてビジネスしている人の、
そうあって欲しい姿のように思えるのですが…。
++++++++++++++++++++
身に付けるものや
自分の外観については無頓着、
生来の無精者で、
普段全く髪のケアーをしない私です。
「いくらなんでも…」 と、
たまりかねたスタイリストの娘が
今日11月5日(日)、我が家に来て
「出張サービス」をしてくれました。
してもらうと
「いやあ、やっぱりスッキリするモノですね~。」
「日本では、初対面の皆様ともお会いするのだから…」
来月12月の日本行きの前に
「もう一回、ヘアカットしておくように…」 と
廻りの家族から
強く念を押される始末でした(汗)。