数年前のことですが、取引先の会社から、ドイツの展示会出展のために製品を紹介する3DCG動画を制作したいと頼まれた時の事です。
その会社は、兼ねてより研究開発中であった新型の低圧鋳造機の新製品をドイツの展示会に出品するにあたり、その画期的な性能を現地で見せられない事が残念でたまらないというので、せめて巨大スクリーンに装置の特徴を説明する3DCGを制作したいというのです。
しかし、高さ3.5m幅7mにも及ぶ大型の鋳造機を設計図面から正確にモデリングするとなると、かなりの技術レベルと費用が求められる事は明らかでした。とても国内で制作できるような予算もなかったので、中国で制作しようという事になりました。
中国とは以前から行き来もありましたし、3DCG技術者も多い事は見知っていたので、さっそく数人の知人の制作会社を探してもらう事にしました。
その結果、数社のCG制作会社が候補にあがり、社外秘の設計図面をメールで送るわけにもいかないので、現地で打合せをする事になったのです。
探してもらった制作会社が上海近郊にあったため、打合せも上海で行う事になりました。
到着後、すぐにその会社を訪問したのですが、なんと会社は技術専門学校の中にあり、学校の先生が技術主任を兼任しているというのです。さらに、僕との打ち合わせのために、数人の先生と学科主任までが時間を取ってくれていたのです。
直接の窓口となった先生は、まだ30代の若手で、技術面では一番優秀な人だという事でしたが、打合せが始まってみると、周りの先生たちからの意見が多すぎてまるでまとまりがないのです。そのうち50歳代の学科主任が口を挟んできて、鋳造機の操作パネルの位置がよくないといったような意見を言い出したのです。
さすがにこれには驚いたのですが、それより驚いたのは、学科主任のその頓珍漢な意見に他の先生たちが挙って「そうだ、そうだ」とばかりに賛同し始めたのです。
打合せをはじめて2時間あまり経過しても、今回の鋳造機の設計に関する意見交換に終始している様子を見て、ここではダメだと感じ始めました。
今回、訪中する前に数社の中からこの会社と決めていたので、他に当てがあった訳ではありませんが、兎に角ここで制作したら絶対に失敗すると感じたのです。
ホテルに戻った僕は、すぐに別の知人に連絡を取りました。まず探したのが設計図を元にモデリングしてくれる技術者でした。
今回の3DCGでは、射出装置の動作やベルトチェーンの動きなどを正確に再現しなければならなかったので、精密なモデリングが絶対条件だったのです。
はじめて会った技術者とは、話がまったく噛み合いませんでした。日常会話程度の中国は話せたので、直接、こちらの要求を伝えるのですが、僕の発音のせいかまるで話が通じません。
以前から多くの中国人と一緒に仕事をしてきた経験から、これは相手の想像力が乏しいせいだと分かりました。僕の下手な発音でも、イマジネーションを働かせれば何が言いたいか分かる筈なのです。
次に会った技術者は、自分の能力が高いという話ばかりしていて、こちらの要求にはすべて「できる」としか答えないのです。技術的なレベルの確認が必要な場面です。ここでの確認がその後の全作業に影響するというのに、何一つ確認しようとしないようではいい仕事ができる筈がありません。
最後に連れてこられた技術者は、僕が説明している間、ひと言も言葉を発せずに黙って聞いていましたが、すべての説明が終わると、仕事を進める上で重要な点について的確に質問をしてきたのです。
はじめのいくつかの質問を受けた時点で、僕はすでに彼にモデリングを依頼しようと決めていました。
結局、このプロジェクトは大成功で、素晴らしい3DCGを制作する事ができました。
僕は、当時の事を振り返って、モデリングを担当してもらった技術者に、その後の作業すべての責任者として関与してもらったのが成功の要因だったと思っています。
可笑しな事に、僕は彼の会社名も知らないで仕事を依頼したのです。
どんなに社会的地位があろうと、どんなチームを率いていようと、どれだけの実績があろうと、仕事のパートナーを選ぶ場合には、そんな事よりもずっと大切な事があったのです。
一人の人間として相手と向き合う事ができれば、自ずから誰を信じればいいのかが見えてくると思います。すくなくとも、僕が中国で体験した出来事は、自分を信じ、相手と向き合う事の大切さを教えてくれた貴重な体験だったと思います。